2024年11月15日(金)
第5期ストリートメディカルラボ 第16回 講義
テーマ:「アート イン ビジネス」
講師:和佐野 有紀 先生
東京医科歯科大学医学部医学科卒業。 耳鼻咽喉科医として勤務の傍ら、 慶應義塾大学文学部美学美術史学科アー トマネジメント分野にて前期博士号取得。 専門は現代アートコレクターの購買行動をめぐるマーケティングリサーチ。あわせてビジネスや教育、医療など近接領域におけるさまざまな手法を介したアーティストの価値化の実践的リサーチを重ねる。 原宿にてアートコレクターの目線でアートの新たな魅力を発信するPROJECT501主催。 コロナ禍に入り smiles遠山正道によるあたらしいコミュニティ"新種のmmigraons"を立ち上げ事務局長に就任。 2022年秋に金沢に現代アーティストさわひらきと英国人建築家ABRogersの共創による滞在型スタジオfishmarketをプロデュース。 現代アーティストのマネジメント全般から、制作プロデュースを手がける。共著に『アート・イン・ビジネス』 電通美術回路編 (有斐閣)。 代官山ロータリークラブ 2022年度会長。
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第13回講義には、医師としてのご経歴をお持ちでありながら、現在はアーティストのマネジメントや制作プロデュースを手がける和佐野有紀先生にお越しいただきました。「アート」と「医療」という異なる領域をご経験された和佐野先生だからこそ語れる視点から、医療現場におけるアートの可能性についてご講義いただきました。
まず、和佐野先生のご経歴の紹介とともにをお話しいただきました。耳鼻科の臨床経験を通じ、患者の価値観や世界観を理解するためには「話を聞くこと」の重要性を強く実感されたそうです。話を聞く際には、相手の個性や人間性を観察し、相手を「面白がる」「好きになる」努力が必要です。
また、医療従事者として働いていると、役割としての自分の仕事にとらわれ、自分のやりたいことや嫌だと思うことに鈍感になってしまうことがあるそうです。一方、アーティストには個人的な興味関心が仕事と深く結びついており、自分の好きなもの、嫌いなもの、違和感を覚えるものなどに意識的であるという側面があります。職業としてアーティストを目指す必要はないものの、アーティスト的な考え方や働き方を取り入れる人がもう少し世の中に増えてほしいと和佐野先生はおっしゃっていました。
アートの役割と価値
アーティストの持つ「問いを投げかける力(問題提起力)」「作品を形にする力(想像力・実践力)」「作品に価値を生み出す力(共創力)」という3つの力について、具体的なビジネスでの価値創出の事例とともに説明いただきました。
また、アートはコミュニケーションの促進ツールにもなるそうです。特に、アートは「焚き火のようなもの」と話していたことが印象的でした。人と人がかしこまって向かい合って話す時と違い、焚き火のようになんだかわからないもの、ぼやっとしているもの、善悪がないものをみながら対話をすると、よりよいコミュニケーションができるというお話しには深く納得しました。アートは本来的に解釈が規定されておらず、オープンエンドなものであるため、多様なコミュニケーションのベースになることができるのだそうです。
アートと医療
医療現場におけるアートの導入について、主に海外の事例を交えながらご解説いただきました。癒しを提供する空間デザイン、患者が能動的に関与できるインタラクティブな要素、コミュニケーション促進のためのアートの活用などの方法が紹介されました。これにより、鎮痛効果や抗不安効果、抑うつ軽減、孤独感の解消、高齢者のQOLの向上などが実現している事例があるそうです。
また、医療者がアーティストの思考を取り入れることの重要性もお話しされていました。特に「cure<care、”たった一つのこの世界”ではなく世界を”環世界の集合体”として捉える視点」が重要だそうです。自分の持っている前提を疑ってみる、他者の視点に立ってみることの重要性を再確認するとともに、特に医療現場というある種閉ざされた環境においてこの視点を持つことの難しさを感じました。
ワークショップ
講義の最後には、本講義のテーマ「Art in Hospital」について考えるワークを行いました。「How do you think the new possibility of ‘Art in Hospital?(ART IN HOSPITALを日本で実装するのであれば、どのようなやり方が良いのか?)」という問いに対しグループごとに話し合い、発表しました。チームからは、待合室に猫の動画を流す、廊下の床にリハビリ用の散歩コースの目印となるようなアートを施す、こたつで一緒にゆったりしたり、居酒屋で一緒に飲んでいるような雰囲気の診察室などユニークな提案が挙がりました。
和佐野先生は授業の後半に「ピクシーダスト」の例え話をされていました。ピーターパンに登場するティンカーベルの魔法の粉は、子供が「空を飛べる」と信じているからこそ効果を発揮しますが、大人になるとその信じる力が薄れ、飛ぶことができなくなるという話です。アーティストとして活動する人は、この信じる気持ちを人より少しだけ多く持っているのかもしれないと感じました。自分の能力を自分で制限せず、「自分にもできるかもしれない」と空に羽ばたく勇気を持つことの大切さを感じました。
テキスト by 佐久間美季